2017年07月29日

水道を市民目線で考える〜大丈夫?大阪市の水道(その4)

水道を市民目線で考える〜大丈夫?大阪市の水道(その4)です

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水道を市民目線で考える〜大丈夫?大阪市の水道(その3)

水道を市民目線で考える〜大丈夫?大阪市の水道(その3)です

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水道を市民目線で考える〜大丈夫?大阪市の水道(その2)

水道を市民目線で考える〜大丈夫?大阪市の水道(その2)です

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水道を市民目線で考える〜大丈夫?大阪市の水道(その1)

大阪市の水道を考える市民の会がフェイスブックに、”大阪市の水道、大丈夫??「今なら間に合う!」市民目線で考えてみました”をアップされています。拡散希望とのことですので、本ブログにも4回に分けて転載させていただきます。

「市民にとっていちばん「お得」なのは、公営?民営化?ワン水道?私たちで点数を付けてみました。それはどうしてなのか?なぜ「やばい」と心配しているのか?ポイントをまとめました。ぜひご覧ください!」(大阪市の水道を考える市民の会フェイスブックから)

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2017年07月27日

森裕之さん講演『住民自治を考えるー大阪の再生をもとめてー』の動画

7月16日に開かれた大阪を知り・考える会主催の学習会での森裕之さん講演『住民自治を考えるー大阪の再生をもとめてー』の動画がyoutubeにアップされています。ぜひご覧ください。森さん講演の動画はこちらから。

また、森さんの講演内容を当日参加したどないネットの運営委員がまとめました。動画を見る際の参考にしてください。文責はどないネットにあります。

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住民自治を考える〜大阪の再生をもとめて
森裕之さん(立命館大学、大阪自治体問題研究所)

現在、「住民自治」という言葉が曲解されて使われている。スローガンとして使われ、市民が何かいいことあるかと思わされてしまう。日本は、地方自治に関する規定が憲法の中に入っていて、これは世界では珍しいことだ。地方自治の重要な構成要素として、住民自治がある。

地方自治という理念は、住民が生活権を確立し、地域の暮らしを発展させるための主体として、地方政治に参加することである。

これには、二つのキーワードがある。つまり、「参加」と「分権」である。「参加」とは、選挙に行くだけでなく、問題が起きたときなど積極的に地域の問題にかかわっていくこと。「分権」とは、参加しても、それが有効でなければ意味がない、話し合ったり決めたりしたことが政党であれば実現することが大事、制度への反映が保障されていること。

大阪という大都市において、統治機構をどうするかという話がされてきたが、分権の話だけで住民の参加という理念が抜け落ちている。行財政の効率化や権限・財源の委譲の話はあくまで分権の話であって、参加の話ではない。行政の言う住民自治は、特別区にしろ、総合区にしろ、分権の話のみになっている。両方が必要で、参加なき分権は政治の翼賛化、首長独裁の危険性があり、分権なき参加は住民にとって意味がないことになる。

地方自治における参加の意味を考えてみると,政治に住民が直接参加できるのは地方自治だけなので、政治の是非を大所高所からではなく、身近な所で判断できるものになる。政治の姿を見ることや学ぶことができる。つまり、地方なら政治に参加できて変えることができる。

先進事例を紹介したい。

まず最初は、長野県飯田市で、ここには飯田市自治基本条例(2007年制定)があり、市民が主体として、参加する権利があることを明記していて、市民の努力規定もある。多くの自治体でこうした条例があるが、出されただけで真剣に実施しようとしていない。

飯田市での一つの取り組みとして、再生エネルギー利用がある。日照時間が長いこともあり、太陽光発電や小規模水力発電の取り組みがすでにすすめられてきたが、それを条例として制定した。そこでは、地域環境権を規定している。

行政が小さくなるのと自治が小さくなることは別のことだ。行政のコンパクト化とともに大きな自治を実現していくことが大事。全住民が参加できる地域自治組織をつくり、行政がそれを受けとめることが必要。

飯田市の場合、市町村合併によって周辺部の人口が減っていないが、これは自分たちがまちづくりに参画しているためと考えられる。全地区に公民館を設置し、中央公民館や分館は住民がいろんな話をする場になっている。新採職員を公民館に配置して、地域住民と直接接することで、地域の要求実現のために頑張るようになる。さまざまな活動の土台に公民館活動がある。全地区で総合計画をつくっており、それに基づいてまちづくりをしている。

飯田市の地域経済についてだが、計画実現のための財源作りに取り組んできた。国からの補助金が減ったときに備えて、地域の経済自立度を高めるために、地域内循環型経済をめざした。その地域に合った経済のあり方を模索している。それは地域の将来像と関連している。

飯田市は環境を大事にしている。防犯灯のLEDへの切り替えを国からの補助金でする際に2つの問題点があった。「防犯灯が高すぎる」「大手メーカーに発注すればお金が外へ出ていくだけ」の2つ。これを、地域の企業に安価なLED防犯灯設置の提案を求めることで解決。提案の2ヶ月後に試作品が完成し、地域外への売り込みも可能になった。市長がトップセールスしている。

太陽光発電、保育所などのとりくみも地域住民主体でやっている。それには行政のバックアップが必要で、そういう行政をどう作るのかが課題となる。

先進事例の二番目は、アメリカのニューヨーク市でのコミュニティ委員会のとりくみ(1977〜)。コミュニティ委員会は、都市内自治の母体として機能している。大阪市の行政区とほぼ同じ住民規模で設けられている。コミュニティ委員会には、いくつか権限がある。

土地利用計画を審査・勧告する権限があり、決定は市議会だが勧告の8〜9割が認められている。行政サービスの監視権限や予算優先順位の策定・予算提案の意見書を提出する権限も持っている。市議会にはこの意見書の尊重義務があり、採択しなかった場合はその理由を説明する義務もある。地区ごとに一定のお金を下ろすのではなく、地区住民が市予算にかかわっていく。実際に採択されたのは平均3割で、無視できない数字である。

大阪の問題として、「大阪都構想」「副首都」と自治について考えてみたい。大阪市による総合区の説明には、参加と分権が入り混じって書かれている。区役所で住民サービスをするためには費用と予算が必要で、だから合区するという話に結びつけている。どんな仕事を総合区にさせるかは決まっていない。だから合区前提というのはおかしい。

区政会議(橋本が平松元市長の政策のうち唯一引き継ぐとしていたもの)との矛盾がある。合区を考えているのだから、区政会議はガス抜きのためでしかなくなる。大阪市は住民自治について非常に失礼なことをしてきたと考える。

4区か6区という特別区の区割りが示された。非常に怒りを感じた。住民参加の立場からは区の数を増やさなければならないし、効率化のためなら減らさなければならない。しかし全く理念が感じられない。奇数を偶数に変えただけだ。
posted by terama at 14:45| Comment(0) | 都市問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする